Interview | 2018/5/29

gents story - NONAKA Hajime

野中 元インタビュー風景1

野中 元

NONAKA Hajime

写真家、百姓。

外食産業勤務を経て、94年26歳で熊本県南阿蘇村に移住、無農薬田畑栽培25年目。竈に五右衛門風呂、ボットン便所にmacの暮らし。著書に妻の料理家かるべけいことの共著で『自然がくれた愛情ごはん』(アノニマスタジオ刊)『かるべけいこのやさしいおやつ』(クレヨンハウス刊)。NHK『アリスのおいしい革命』スチール関連書籍の撮影を担当。熊本地震で被災、その後の夫婦の暮らしが報道ステーション『南阿蘇の食卓』全4話として放映された。食とインテリア、暮らし回りの雑誌撮影を中心にしつつ、現在テレビ朝日『食ノ音色』の挿入写真や地域の学校ボランティアまで幅広く活動している。

“特別企画”

今年3月、自由学園でエディブル・スクールヤード(食べられる校庭:農業を学校の授業に取り入れる)を提唱するアメリカ人アリス・ウォータースさんの来日記念食事会で、野中元さんと隣り合わせになりました。そこで、写真家でありながら百姓でもあること、実は小学館から出版されている彼女の本やNHKの番組『アリスのおいしい革命』の写真は、すべて彼が撮影していたことを知りました。 実はプリスティン・ジェンツのインタビューへのご登場は随分前からオファーしていたそうですが、なかなか東京でのインタビューの予定が合わずペンディングになっていたとのこと。たまたま私の熊本行きが決まり、ではその時にホームグラウンドの南阿蘇でインタビューしましょうと話はトントン拍子に進みました。

野中元さんには、百姓と写真家、そしてもう一つの顔があります。あの料理家かるべけいこさんの旦那様なのです。熊本空港からおよそ30分、田んぼの真ん中にある古民家に到着。なんと我が社のプリスティン・ジェンツの麻混のサッカーシャツを着た野中さんが、ちょっと緊張した面持ちで出迎えてくれました。早速案内されたスモークハウスにはドラム缶が2個。20年以上毎月欠かさずハムやベーコンを作っているという野中さんに失敗しないスモークの仕方を教えてもらい、お隣の牛舎を改造したギャラリーで、彼の猫チャンの写真を見ながら、「何故百姓になったのか?」「何故写真家なのか?」――彼の人生50年のインタビューの始まりです。

野中元インタビュー風景2

20歳そこそこで、昼間の大学をドロップアウトして、本人曰く福岡の“中州”大学に編入(笑)。たまたまアルバイトを始めたお好み焼き店のオーナーであり、中州の歓楽街の飲食や風俗ビジネスを手広く経営する親分に出会います。毎日がスリリング、劇画のような太く短い夜の住人たちの人生を間近で感じる体験は若い野中さんには刺激的だった一方で、やがて自身が任されることになるお好み焼きチェーン店の売り上げと人材の確保に追われる日常の中で、「自分は何のために生まれて来たのか」――その意味を考えるようになります。


1993年は野中さんの人生の大きな節目の年となります。一つは、彼が任されていたお好み焼きチェーン店でアルバイトをしていた かるべけいこさんとの結婚。彼女とは19歳からのお付き合い、にこやかで、しっかりと構え安定している、自分とは真逆なそこに魅力を感じたそうな。


もう一つは、雑誌サライに掲載されていた福岡正信氏の記事との出会いでした。福岡正信氏は自然農法を生み出した教祖であり哲学者です。経営を任されていたお好み焼チェーン店により自然で安全な食材を使うことは出来ないかと考えていた矢先のこと、福岡さんの記事の普遍的な哲学に感動した野中さんは「これだ!彼の作った野菜を仕入れたい」と彼の著作を読みあさりました。その結果自分自身が自然農法そのものにはまってしまい、ミイラ取りがミイラになるが如く百姓になってしまった。


この1993年がいかほど重要な年であったか。野中さんが25歳の時で、今25年目の50歳。大地にしっかりと根ざして生きることを決意した野中さんと、それを支えるけいこさん。私には孫悟空と三蔵法師のようにも見えました。


とにかく人が大好きで、なんでも一生懸命の彼の真の力が発揮されれば、人を巻き込み渦ができる。野中さんは家族という一本の幹を育てていく中で写真家でもありプロデューサーとなっていきます。

“野中元インタビュー風景3"

移住後3年ほどして授かった渓人君はまさに野中さんを写真家にしてくれた存在。幼少期の渓人君と南阿蘇の大地の中で犬と一緒に駆け回った日々をまとめた写真集『渓人』が、プロの登竜門のコンテストで認められたことにより、現在のように写真の仕事をすることになったといいます。

渓人君が小さな村から都会の高校に進学後、大きな挫折を味わった際にも夫婦と母校の中学校の先生達の支えで乗り切り、この夏で22歳になる渓人君は今や陸上アスリートとして2020年東京オリンピックを目指しているそうです。野中さんも陸上の専門誌でも撮影するなど互いに高めあっていく関係です。

かるべけいこさんの『自然がくれた愛情ごはん』(アノニマスタジオ刊)を撮影し、企画したのも元さんです。

料理本に分量を書かない――この非常識とされる事に挑戦、でも、「分量がないと言う不親切が実は優しさなのだということがわかりました!」と子育て中のお母さんからの読者カードが寄せられます。「分量にこだわると料理が上手くならない」というけいこさんの信念の大勝利でした。そしてこの本の中に、自宅で蚊帳の中で出産するシーンがあります。人間としての最初、この世に命を頂く事の奇跡への感動、感謝がいっぱいに込められています。出版から10年たってもなお増刷されている、それがこの本の凄さを物語っています。

もともと持っているけいこさんの「家族のために美味しいお食事を作ってあげたい」、その母親心が料理を上達させた原動力。けいこさんが作る「かるべクッキー」「鉄火味噌」などの商品を写真やホームページを通じて、家族から世界に飛び立たせていくのが野中さんの仕事。絶対の信頼と愛情から生まれる野中ファミリーの作品たちは、より家族という幹を太くして我々に大きな栄養を与えてくれます。

けいこさんの作ってくれた野菜料理は、野菜が喜んで料理してもらっている事が伝わってきます。キラキラしているのです。テーブルいっぱいに作ってくれた野菜料理と、羽釜で炊いた豆ご飯、本当にたらふくいただきました!

鉄火味噌を作るのは神業の如きみじん切りで・・・などと説明する野中さんの嬉しそうなこと。部屋中に子供達の写真が飾られ、けいこさんはいつも微笑みながら野中さんに寄り添って、なんて素敵な家族の物語が詰まっていることか。理想的すぎるとは個人的に思うけど、やっぱりすごい!これらが野中元さんの、「百姓」という深い仕事なのかもしれません。

私があえて「百姓」と言うのは、限りなく尊敬の念を込めてのことです。「百姓」とは自立した生き方の象徴でもあります。なんでもやっちゃう、できちゃうのです。衣食住の全てを自分で作れる、ということ。凄くないですか?!野中元さんそのひとが、22世紀に残す生き方を体現しています。

ほっこりとした時間をありがとう!

“野中元様インタビュー風景4"
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